原爆投下は国際法違反
アメリカは、第二次世界大戦の末期に、トルーマン大統領の命令で、広島と長崎に、世界で初めての原子爆弾を投下しました。
この原爆投下は、交際法に違反する戦争犯罪であるとして、被爆者五名を原告とする瀬音がい賠償訴訟が、大阪の岡本尚一弁護士(故人)によって、昭和三〇年四月二五日に起こされています。しかも、東京地方裁判所は、この原爆投下を、国際法違反と断定する判決を、昭和三八年一二月七日に下し、それが確定しています。
この世界に前例のない、画期的な判決がなされたという事実は、昨年八月に『原爆裁判』(松井康浩著新日本出版社)という本が出版されるまでは、筆者をふくめて、一般には知られていませんでした。
損害賠償の要求そのものは棄却されたのですが、この重大な判決の内容が、被爆者の運動や原水禁運動に、また弁護士活動の中に、十分活用された形跡がうかがえないことは、今から思うと不思議なくらいです。
この裁判には、国際法の三人の専門学者の鑑定書が出されています。高野雄一東大教授、田畑茂二郎京大教授と安井郁法政大教授で、前二者は政府側、後者は原告側が申請した鑑定人です。
被告である国の言い分は、原爆投下の当時には、原子兵器の禁止を明示した条約も国際慣習法もなかったから、国際法違反という問題は起こりえない、という形式論で押し通しています。原爆は地球上にまだ存在していなかったのですから、原爆についての国際法があるはずはありません。
ところが、政府は、広島被爆四日後の一九四五年八月一〇日に、アメリカ政府に対してスイスを通じて、、即時原爆兵器の使用を中止すべきであると、厳重な抗議の公文書を送っていて、その中で、原爆の使用は、国際法の原則及び人道の根本原則に反するだけでなく、残虐な新型爆弾の使用は、人類文化に対する新たな罪状、と糾弾していました。
この食い違い、自己撞着に困った国は、あのときは交戦中だったから、と裁判では苦しい言い逃れをしています。
三名の鑑定書で共通していますのは、戦時国際法の歴史と内容を詳しく説明して、とくに筆者がすでに述べてきましたサンクト・ペテルブルグ宣言やハーグ条約の条文にてらして論述し、原爆を直接禁止する明文の国際法がないとしても、無防備都市に対する無差別爆撃は国際法違反であることを、一致して認めています。
田畑鑑定と安井鑑定は、さらに原爆の残虐性都費人道性を強調して、その点でも国際法に違反している、と断定しています。
判決は、主として田畑鑑定を採用して、新兵器を直接禁止する明文がない場合でも、既存の国際法規(慣習国際法と条約)の基礎となっている諸原則にてらして、当然禁止されていると考えられる場合も含まれる、と判示しています。
そして、
1 無防備都市に対する無差別爆撃
2 不必要な苦痛を与える原爆の残虐性と非人道性
の二つを指摘して、戦争法の基本原則に違反している、と明解に談じています。
こうして、判決は、アメリカの広島・長崎への原爆投下が国際法に違反する戦闘行為である、と宣言したのであります。
パンフレット 「なぜ、いま 時効不適用条約か」
「戦争犯罪と人道に反する罪に時効はない」 から