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不屈 海南海草支部版
番目になります 【わたしたちの運動】 ふたたび戦争と暗黒政治をくりかえさないために、治安維持法犠牲者国家賠償法(仮称)の制定をもとめる平和・人権・人道の国会請願署名運動などに取り組んでいます。 治安維持法犠牲者 国家賠償要求同盟 海南・海草支部 【リンク帳】 同盟和歌山ホーム どうめい日誌 blog 不屈伊都橋本支部版 不屈和歌山北支部版 不屈和歌山東支部版 不屈海南海草支部版 不屈有田支部版 不屈日高支部版 不屈西牟婁支部版 和歌山平和委員会 和歌山革新懇 blog 和歌山革新懇掲示板 九条の会・わかやま 九条を守る県民の会 海南海草9条の会 紀南九条の会 守ろう9条 紀の川 にんげんをかえせ 自由法曹団 日本弁護士連合会 和歌山県平和委員会 戦争を語りつごう 時代を撃て・多喜二 マガジン9条 九条の会 憲法改悪反対共同センター 雑賀光夫の活動日誌 ごいっちゃん活動日誌 共産党海南海草議員団 共産党かつらぎ議員団 松坂ひできです! 田端範子の活動日誌 真砂みよ子ハッスル日記 東芝弘明の日々雑感 雑賀光夫の議会報告 最新の記事
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不屈海南海草支部版番目になります ようこそ、「不屈和歌山海南海草支部版」のブログです。 憲法の話題、平和と戦争の話題、暮らしの話題、短歌、俳句、川柳など機関紙「不屈和歌山県版」への海南海草支部会員の投稿記事を中心に掲載しています。 治安維持法犠牲者国家賠償要求同盟和歌山海南海草支部 =============================================== 更新は 2011年11月18日です ===============================================
治安維持法と現代を結ぶ総合誌 治安維持法と現代 №22 2011秋季号 ![]() 注文は、和歌山海南海草支部または和歌山県本部へ
嵐のなかでたたかいを前進させている スペインを再び訪ねて 「歴史の記憶に関する法律」のその後と 日本国憲法9条の碑を見る 吉 田 好 一 治安維持法国賠同盟と共催で 私は、本誌「治安維持法と現代」二〇〇八年秋季号に「反ファシズムの集大成 スペイン『歴史の記憶に関する法律」と題する文章を掲載させていただいた。そのなかで、「歴史の記憶に関する法律」(以下、「記憶法」と略)の内容や成立した経過について簡単に書いた(注参照)。 この法律を知ったのは、国連拷問禁止委員であるスペインのマリーニョ・メネンデスさん(カルロスⅢ世大学教授)を通してであった。 二〇〇七年五月、拷問禁止条約第一回日本政府報告書蜜査については、本誌二〇〇七年秋季号に、国際人権活動日本委員会など四団体の「意見」が、二〇〇八年秋季号には、拷問禁止委貝会の「結論と勧告」が掲載されている。改めて本誌編集部のご努力に敬意を表したい。 本文は「記憶法」のだたかいが、その後どうなっているのか、二〇〇九年四月{国際人権活動日本委員会主催}と今年六月一一六日から七月三日まで、治安維持法犠牲者国家賠償要求同盟との共催によるツアーが企画され、二四名が参加した。その内容をお伝えしたい。 「記憶法」の専門家お二人と意見交流会 六月―八日、マドリッドで、一一年前に訪問したときにお匪話になったメネンデスさんと、同僚で「記憶法」の専門家であるラファエル・エスクデロ教授のお二人と意見交流会(下の写真)が行われた。 ![]() 最初に私から「フランコの内戦・独裁時代における犠牲者の名誉回復のための『記憶法』は日本でも関心が高い。日本の歴代政府は侵略と植民地支配、国内外の弾圧を反省していない。こういう法律をぜひ日本でもつくりたい。東日本大震災での福島第一原発事故は放射能を世界に撒き散らしている。広島・長崎で被爆国となった日本が、いま加害国になっている。原発をなくし、スペインでも進んでいる自然子不ルギーによる発電についても学びたい」と発言しました メネンデス教授は「ふたたびお会いできて非常に嬉しい。国連の拷問禁止委員をしている。国運に訴えにきた布川事件が無罪を勝ち取った報告は大変うれしく感じている。三月の大震災にお見舞い申し上げる。スペインには八か所の原発があり、サパテロ社会党政権は閉める計画はないが、新しく作る計画もない。ここ数年太陽パネル、風力発電などが急激に伸びている。フランコによる犠牲者の骨を子孫に返す、先祖の名誉を回復するのは非常に難しい」と述べた。 エスクデロ教授は「一九三六年以来フランコにより一四万四千人が合同墓地に葬られている。「記憶法」は政党ではなく市民団体で問題にし社会党が支持して出来た。国民党(右派)は『昔の傷を広げる』と反対している。次回の総選挙でサパテロ政権が負ければ『記憶法』がなくなるかもしれない。フランコ主義の思想は根強く残っている。特に警察や車隊の中に。フランコの墓も残っている。教科書に共和同政府のことが書かれていない」など、「記憶法」に基づくたたかいの前進が、逆流に抗して厳しいものになっていると話された。 ゲルニカ、グランカナリア島に分かれて 代衣団は二九日よりAコース(一三名)、Bコース(九名)の二つに分かれた。 Aコースはスペイン最古の大学の街サラマンカの「歴史の記憶法資料館」を見学。七月一日にはパブロ・ピカソの壁画で有名なゲルニカヘ。一九三七年四月二六日、フランコはヒトラーなどの力を借りて広島・長崎へっながるゲルニカヘの無差別爆撃を行った。ゲルニカ平和博物館(本誌[日本と世界の戦争博物館]参照)を見学し、空爆の被害者である八八歳のルイス・イリオンドさんの体験を聞いた。 私は、1年前のツアーで、四月二六日にゲルニカに行き、追悼式典に参加した。フランコは「爆撃はアカがやった」と宣伝し、フランコが死ぬまでイリオンドさんもそう思っていたという。 Bコースは、マドリッドから1000キロ離れたカナリア諸島のグランカナリア島を訪れた。グランカナリア島で二番目に大きい街、テルデ市を訪問し、市職員の案内で「ヒロシマ・ナガサキ広場」を訪れ、日本国憲法九条がスペイン語で書かれている碑を見学した。日本でもこうした碑はないのではないかと思う。この碑ができたいきさつは、テルデ市がNATO加盟と軍事基地設立に反対し「非核宣言」を行ったたたかいのときに、非核と平和を求める市民のあいだで日本の憲法が話題になり、一九九六年に広場(ヒロシマ・ナガサキ広場)と九条の碑が建設されたということだ。 ![]() 日本国憲法9条の碑の前で スペイン法律家たちと日本人との取組みが また、グランカナリア島では、ラスパルマス大学のカルメロ・ペレス教授(二年前にも『記憶法』に関ったメンバーということでお会いしている)のお世話で、平和・人権の活動をしているNGO八団体との意見交流会を持つことができた。 ベレス教授は「カナリア諸島にも市民戦争時の三〇〇〇人の遺体が埋められている。『記憶法』の条文は不十分で、日本の憲法のような明確な規定がほしい。スペイン政府の対応も不ト分である」と語り、平和への権利国連宣言をつくるためにスペイン国際人権法協会(ベレスさんはこの協会の事務局長)が日本の学者・法律家とも協力していることを話された。「平和への権利宣言」は、日本国憲法九条だけでなく、憲法前文の平和的生存権を高く評価し、それを盛り込んだ国運宣言をするよう人権理事会への取り組みを行っている。 ペレス教授から日本の書籍のカバー・をコピーしたチラシを渡された。「平和への権利を世界に」(かもがわ出版)笹本潤(弁護士、国際民主法律家協会事務岫長)・前田朗(国際人権活動日本委員会、東京造形大学教授)編著の本である。お二人ともジュネーブで活躍している。八月の人権理事会諮問委員会の前に、ジュネーブで「人民の平和に関する専門家協議会」を開催し、笹本さん、前田さんと塩川頼男さんが事務局を担当したということである。諮問委員会では、前田さんと笹本さんが、このテーマで発言した。 また、今年の一二月には、「平和への権利を世界に」国連宜言の実施をめざす運動の一環として、スペイン国際人権法協会の会長、事務局長が来日する予定である。 「記憶法」は真実を探求するたたかい 参加したNGOはフ牛和と人権カナリア諸島文化区域の会」「パレスチナ人社会のための女性の会」「難民援助のためのスペイン委員会」「歴史の記憶の会」「『私は女性』の会」など八団体九人で、それぞれの活動の紹介があった。最初に発言した「歴史の記憶の会」のイサベルさんは、「父親が市民戦争で処刑された。テルデの火山の火口に共産党員の遺体が放り込まれた。「記憶法」では遺体を掘り出す許可がでない。行方不明者のリストが不十分である。『歴史の記憶法』のたたかいは真実を探求するたたかいである」と非常に感動的な発言をした。カルメンさんは、父親が社会党・人民戦線に関与し、二〇年の実刑を受けた。自分もフランコ政権に迫害され、四○年前にカナリア諸島に逃げてきた。バスケスさんも弾圧された家族だ。叔父さんは迫害されフランスヘ亡命したが、フランスもナチスの占領下でドイツの捕虜となった。現在も帰国していない。バスケスさん自身は一九五七年に非合法下の共産党員になり、一九七〇年デンマークに亡命。フランコが死亡してからスペインに戻ることができた。 続くNGOの方々の発言も「記憶法」にもとづくたたかいが、いかに困難なものかを語ってくれた。司法も保守的であると。しかし、「記憶法」は無駄、無効ではない、という力強い発言が最後にあった。 近代史の苦しみの中から 『記憶法』に関する二度のツアーで感じたことはこの法律がスペインの近代史の苫しみの中から生まれたものであり、一般市民の力で誕生させるまでは難産だったと聞いている。野党国民党はもとより、この法律を成立させた社会党の中にも「過去の問題を掘り返さなくても」という意見があったりする。次の総選挙でサパテロ社会党政権が倒れればづ記憶法』もどうなるかわからないという心配も聞く。法律に不ト分な点があるとはいえ、治安維持法や横浜~件やレッドーパージなどの大弾圧や侵略と植民地支配について明確な反省も謝罪も補償もない日本にくらべれば『記憶法』を誕生させたスペインの社会は立派である。フランコ派の残党や右翼、保守勢力からはげしい攻撃を受けている中で、『記憶法』の精神をけハ体化し、前進させようとたたかっている学費、弁護士、NGOの活動家と交流できたことは非常に有意義であった。 「日本でも『記憶法』を」という思いを強くし、これからも引き続き「記憶法」を学び、研究していきたい。 (よしだ こういち・国際人権活動日本委員会代表委員) (注) 歴史の記憶に関する法律 スペインでは、一九三六年に選挙で成立した民主主義的な共和政府を打倒するために、ファシストのフランコ将軍が、ドイツのヒトラーやイタリアのムッソリーニの力を借りて反乱軍を蜂起させ、一九三九年に終結するまで内戦状態となり、以後一九七五年にフランコが死去するまでので六年間、独裁体制が続いた。この法律は、スペイン内戦や独裁体制の間に、政治的・思想的な理由により迫害された人に対し、その刑罰・人権侵害の不当性を宣言し、名誉回復をする権利を認め、犠牲者、遺族に年金・賠償金を国が支給。犠牲者の発見、遺体の発掘を国が支援するとしている。スペイン内戦に共和政府側の義勇兵として参加した外国人にもスペイン国籍取得の権利を認め、その場合、賠償などが適用される。独裁政権を賛美する公共の記念物の撤去、資料センター設置などを定めている。 ![]() 絵手紙 (「不屈」和歌山版 2011年5月15日号より) 「治安維持法と現代」 2011年秋季号 112~117頁
# by hukutsu-kainan | 2011-11-01 07:16
無言館と安曇野ちひろ美術館を訪ねる旅 ![]() 2011年度「不屈」バスツアー ◇とき:10月12日(水) ~13日(木) ◇宿泊:鹿教湯(かけゆ)温泉・ニューかどや (TEL:0268-44-2016) 戦場に散った画学生たちの絵を展示する無言館。「世界中のこどもに平和としあわせを」と子どもや花を描いたいわさきちひろの美術館。信州の山宣記念碑も訪れます。反戦平和への決意を固め、治安維持法犠牲者を追悼するとともに、深まる信州の秋を満喫し、英気を養いましょう。 無言館長野県上田市、周りを山々に囲まれた田園地帯の丘の上に、ひっそりとたたずんでいる小さな美術館「無言館」。 静まりかえった「無言館」の扉を押すと、志を果たすことなく戦場に散った画学生たちの声が聞こえてきます。 絵描きになりたいと願いながら、一枚の画布、一冊のスケッチ帖に「生命の証」をきざみこんで戦地に発った若者たち。「無言館」館主窪島誠一郎さんは、その画学生たちの遺した作品、遺品を全国各地に訪ね、収集しました。 安曇野ちひろ美術館青春時代に戦争を体験したちひろは、「世界中のこどもみんなに平和と幸せを」ということばを残しています。 ちひろが描いた子どもや花は、今もいのちの輝き、平和の大切さを語り続けています。97年にオープンした安曇野ちひろ美術館は多くの人が訪れ、いわさきちひろの代表作のほか、初期の素描、水彩、信州との深い結びつきを示す作品など、約80点が展示され、ちひろの画業の全体像に触れることができます。 山本宣治・高倉テル記念碑 29年3月1日、高倉テルの義兄弟にあたる山本宣治を招き講演会が行われました。この講演の4日後の3月5日、山本宣治は治安維持法改悪承認の議会にただ1人反対演説をすべく上京しましたが、その夜右翼に暗殺されました。抗議の記念碑が高倉テルの借家の庭に建立されました。◇申し込み:各支部事務局長 または和歌山県本部(TEL/FAX:073-422-7076) ![]()
講演会のお知らせ (講演会の概要) 日程 2011年2月25日(金) 午後6時30分~ 会場 和歌山市勤労者総合センター6階文化ホール=(地図) 演題 「日本の安全保障と日米同盟再考 脅威を生まない努力と憲法9条」 講師 西 晃(にし・あきら)弁護士(大阪弁護士会) 主催 憲法9条を守る和歌山弁護士の会 入場無料、予約不要 (開催趣旨/チラシから引用) ![]() 中国や北朝鮮を「脅威」とみなし、「動的防衛力の構築」を目指す「防衛計画の大綱」(2010年12月)を策定して、ひたすら日米同盟の深化を強調する民主党政権。私たちが真に目指すべき我が国の安全保障の姿と憲法9条の関係につき、共に学びたいと思います。 西 晃 弁護士 ![]()
不屈 主な記事 2010.5.15 №431 ●沖縄の心を心に 参院選で戦後補償の前進を……………… ●4月中央常任理事会開く……………………………………… ●水車 蟹工船・小林多喜二>……………………………………… ●3・15、4・16弾圧を忘れるなー各地の集会…………… ●顕彰碑/勝又松太郎の墓碑…………………………………… ●時の焦点/NPT再検討会議………………………………… ●抵抗の群像/たたかう河崎治さん…………………………… ●同盟歌壇/碓田のぼる選……………………………………… ●「不屈」地方版より/女性部の活動…………………………
沖縄の心を心に 参院選で戦後補償の前進を 葉桜に風が薫る季節なのに、くり返す寒波の襲来。くれぐれもお体にご留意ください。同盟運動にとっては歴史と伝統を受け継ぐ国会請願行動の時期。国民的には、沖縄普天間基地撤去をめぐって全国的に湧き立ち、五〇年前のあの安保大闘争が想起されます。そして国際的には、海の向こうでいよいよ核兵器のない世界をめざして「NPT再検討会議」が進行中です。若い方がたをふくめ、とかく老躯に鞭打っての署名運動、ご苦労さまでした。 通常国会終了後はいよいよ参議院選挙。奴隷制度時代にさかのぼってのアメリカの反省、スペインの「歴史の記憶法」、オーストラリアの先住民抑圧政策の謝罪など、いずれも政権交代を機に実現しています。治安維持法犠牲者の名誉回復はじめ、戦後補償問題の前進に絶好のチャンスが目前です。 米軍普天間基地の県内移設に反対して開かれた9万人の県民大会(4月25日沖縄県読谷村) 2010年5月15日 不屈 №431
新政権下国会請願の成功と、 参院選で同盟要求実現をめざす 2010年4月中央常任理事会 中央常任理事会が4月10日、全労連会館で開かれ、目前に迫った国会請願行動の成功と、民主党を中心とする新政権のもとで同盟の要求実現活動を前進させるとともに、来るべき参院選で要求実現勢力の前進めざし全力をあげることを意思統一しました。 柳河瀬精会長が開会あいさつを兼ねて、新政権のもとで同盟活動を発展させようと別項の問題を提起。近江谷昭二郎副会長を議長に選出した後、針谷宏一事務局長が、情勢の特徴と当面の同盟の任務について提案し17人が発言、国会請願の成功を確認し合いました。 Ⅰ、情勢の特徴と同盟の任務 1、政局の動向 鳩山政権は、普天間基地問題で迷走。沖縄県民と連帯し、たたかいを発展させる。子ども手当、高校授業料無料化など、部分的には前進面も。 後期高齢者医療制度廃止先送り、労働者派遣法は財界に屈し、国民の怒りが広がっている。 来るべき参院選で要求実現勢力の前進をめざす。 2、人権問題 横浜事件で刑事補償が決定。堀越ビラ弾圧事件で東京高裁が逆転無罪判決、検察が控訴。たたかいを発展させる。 3、同盟活動 各地で多喜二祭や、3・15記念などの取り組みが広がり、これと結んで署名活動も前進している。 Ⅱ、当面の活動方針 1、国会請願署名 4月1日現在、全国的には39・5%。60%超は10県(青森、岩手、秋田、山形、千葉、岐阜、鳥取、岡山、高知)、40%台10道県(北海道、福島、山梨、長野、新潟、富山、兵庫、島根、徳島、愛媛)。 5月13日までに目標突破のため全会員の総力を挙げた取り組みが必要。各県は目標をやりきる支部への指導・援助を強める。全会員へあと5筆、10筆を呼びかける。 2、犠牲者の調査・発掘名簿作成 現在13県が提出。全県・支部から中央へ集中を。 3、全地方議会へ請願・陳情を 宮崎・門川町で3月採択。地方議会も変化、議会の意見書は国会・政府を動かす力となる。 4、犠牲者を顕彰する活動 諸活動と結んで映画「鶴彬こころの軌跡」上映活動に取り組む。 5、支部を基礎にした取り組み 4月1日現在の会員1万4609人。大会以後の増が24県66人。 6、国際活動(略) 討論では、支部を基礎にした活動の重要性、女性部活動の強化、新政権のもと署名運動を発展させるにも有権者比1%目標の重要性が提起され、国会請願では、文字通り全国会議員に働きかけることを確認しました。 2010年5月15日 不屈 №431 2010年5月15日 不屈 №431
同盟運動を発展させよう 柳河瀬精 1、「戦争しない国」を守り続ける立場から民主党政権を考える ・民主党政権の安保防衛問題の対応は自民党路線の踏襲が色濃く出始めている。 ・普天間基地撤去問題では「迷走」を続けていると国民の目に映っている。 ・3月9日、日米間の密約問題に関する「有識者委員会」「報告書」を政府が発表したが、きわめてあいまいな内容に多くの国民が唖然とした。各種委員会は、これまでも自民党と一緒に安保防衛問題に取り組んだメンバーもおり注意。 2、新しい政治状況のもとで同盟運動を発展させよう ①侵略戦争への謝罪の問題。鳩山首相は「東アジア共同体」を提唱したが、胡中国主席との会談では「前向きに対処」をとしているが、「歴史認識の問題がある」と軽くあしらわれた。 ②植民地支配謝罪の問題。今年は韓国強制併合100年。岡田外相は「韓国の人々にとって国を奪われ、民族の誇りを傷つけられた事件」と発言。日本に強制徴用された朝鮮人労働者は約100万人にのぼる。この強制連行者を雇用した日本の企業は未払い賃金を政府に供託した。しかし朝鮮人労働者の手元にはとどいていない。民主党政権は、その約10万人分の副本を引き渡すとしている。 ③治安維持法の問題は同盟が切り拓かなければならない。一九四五年に治安維持法が廃止されたとき、刑を受けていた生存者は、其の刑は「なかったものとみなす」とされた。しかし虐殺され獄死した者はそのまま打ち捨てられたままになっている。原点に立ち同盟運動を発展させよう。(本部会長) 2010年5月15日 不屈 №431
国は侵略戦争の反省にたって 戦後補償解決に政治決断せよ 近江谷昭二郎 戦後の国際秩序は、二度と戦争を許さないという決意のうえに成り立っている。ドイツ、イタリアも侵略戦争への反省のうえに成り立っている。自民党政権の退場で日本政治が新しい時期を迎えているいま、国は戦後補償解決の政治的決断をするときである。 ▽「慰安婦」問題解決の立法化要求と大衆行動の前進。 ▽中国、韓国の強制連行・強制労働事件の全面的な政治的解決へ国・企業は和解せよ。 ▽中国遺棄毒ガス被害の国による謝罪・賠償が求められている。 ▽シベリア抑留問題解決へ今国会での法案成立が求められている。 ▽空襲被害者救済も東京地裁は立法解決とすべきとしている。 ここから、戦後補償をめぐる闘いの何を学ぶべきかを考える。 わが国の戦後補償問題は、長い年月をかけての裁判や大衆的要請行動などを通じて、今日ではその多くが立法化など政治的解決を求めるところに到達している。 ここからの教訓として、①戦後補償問題は、補償の問題であると同時に、補償に込められるべき政府の戦争責任を問う問題だということである。政府がこれに正面から向き合おうとしてこない根底には、戦争を侵略戦争と認めない無反省から国家の責任を避けてきた。一連の補償問題は国家による人道的犯罪であり、戦争責任を鋭く問うている問題である。 第二は、国に戦争被害事実を認めさせ、国家責任による補償実現には長期の粘り強い世論の結集が不可欠であること。 第三は、国民が自民党政権退場の審判を下し、日本政治に生まれた新しい情勢をとらえ、政府・国会議員等への働きかけを機敏に果敢に展開していくことである。 戦後補償の一環である「治安維持法犠牲者国家賠償法」の立法化を求める同盟運動も、戦後補償要求の闘いの到達と教訓を検討し、新しい情勢の下での可能性の追求が求められている。(本部副会長) 2010年5月15日 不屈 №431
3・15 4・16 弾圧を忘れるな 各地で記念集会開かれる 神山監督講演ほか3ヵ所で開く 北海道 北海道の3・15弾圧記念の集いは室蘭、札幌、岩見沢、旭川の四市で行われ、あわせて220人が参加しました。室蘭では12日、岐阜の竹中彰元師を映像化したDVD「戦争は罪悪であるー仏教者の名誉回復から」を観賞し、フリートーキングをしました。 札幌は14日、映画「鶴彬ーこころの軌跡」を見、この映画を作った神山征二郎監督の講演を聞きました。「鶴彬の堅固な志、社会の状況認識の深く確かなことに瞠目、多喜二といい鶴彬といい、この国にこのような若き英雄たちがいたことを忘れてはならない」との感想がありました。 岩見沢では15日、映画「時代を撃て・多喜二」を上映、ふだんの集会に見えない人も多く「大変感動」の声が寄せられました。 旭川も15日、旭川文学資料館の沓澤章俊調査員が講演、旭川出身のプロレタリア詩人今野大力の作品と生涯を語りました。 「反戦川柳人鶴彬」の講演会 青森県 3・15、4・16大弾圧記念集会は4月17日、同盟岩手県本部牛山靖夫事務局長を講師に招き、演題ー反戦川柳人「鶴彬」を語るーとして開催、45名参加しました。 講演に先立ち「『聳ゆるマスト』ー反戦兵士阪口喜一郎が残したもの」(DVD)が上映されました。 講演では、治安維持法下、川柳を武器に軍隊内でも反戦のたたかいいを不屈に進め、弾圧のなかで29歳の命を終わらせ、故郷を遠く東北盛岡のお墓に眠ることになった生涯が詳細に語られました。 弘前、下北支部からも参加し、「語り継いでいくことが大事という意味がよくわかった」「あの時代の活動家は命がけで活動していたんだ」などの感想。懇親会で一人入会しました。 多彩な3・15、4・16集会計画 新潟県 「3・15、4・16事件を語り継ぐ集い」を4月24 日、新潟市で行う予定です。集いのメインは、写真映像と音楽が入る①朗読劇「小林多喜二死す」②相沢寛新潟県同盟員による講演「治安維持法の復活を許してはならない」③加藤栄二県同盟員による講演「原菊枝(治安維持法犠牲者、講演者の発掘で顕彰)の『女子党員獄中記』について」④山本宣治の直筆「唯生唯戦」の展示と山本宣治がこの書を書くに至った経緯などのお話(直筆所持者・石田和夫氏)⑤新潟県内の治安維持法犠牲者を偲ぶお話(佐藤良夫新潟県同盟員)とその人々の写真と活動を記したパネルを二十枚ほど展示。など多彩な催しです。 専制政治への道を許すな 岐阜県 3月14日午後、岐阜市で開催した第11回3・15大弾圧記念学習会は65名の参加者があり、中央本部副会長増本一彦氏から「戦争は弾圧と手をつないでやってくるー治安維持法と横浜事件」のお話を聞きました。 講演は、2月4日の横浜地裁による実質無罪、刑事補償の支払い決定を出した後だけに、時宜を得た有意義な講演でした。 増本氏は、横浜事件が特高警察のねつ造による大規模な言論弾圧である。戦後の再審請求にも完全無罪を避けて「免訴」としてきたが、十数年に及ぶ犠牲者たちの苦闘と支援の努力で権力犯罪ー暗黒裁判が明らかにされた。これを機に人道に反する治安維持法の実態と、今も続くビラ弾圧など反共主義からはじまる言論・表現の自由弾圧=専制政治への危険を打ち破る国会請願運動を強調されました。 2010年5月15日 不屈 №431
顕彰碑探訪 非転向を貫いた 勝又松太郎の墓碑 昨年11月20日、同盟員で日本共産党五条市議会議員大谷龍雄氏とともに、五条市中之町在住の刃谷敏明氏の案内で、金剛山の南斜面に立地する西山墓地にある勝又松太郎のお墓にお参りすることができました。国賠同盟奈良県本部として、治安維持法犠牲者の事績を調査・研究・顕彰する一貫として実施したものです。 勝又は農民運動の活動家。3・15事件で逮捕・起訴され、刑期は2年でした。また、1932年の8・30弾圧事件でも検挙され、起訴は免れたが県下各署をたらいまわしされたと伝えられており、1938年11月10日、37歳で病死しました。 「春日庄次郎外98名治安維持法違反被告事件予審終結決定書」には、「本籍、奈良県宇智郡牧野村大字中之一六一番地、住所、同上、旧全日本無産青年同盟奈良県支部執行委員、勝又松太郎、明治32年12月生」(『現代史資料』みすず書房)と記されています。 昨年秋、大谷氏が勝又の縁故者である刃谷敏明氏を訪ねあて、お墓の所在を確認していたものです。 墓参の後、刃谷氏は、「私の祖母が勝又家の出です。長兄・松太郎とともに眠る亀次郎は次男の弟です。この墓石は三男の弟寛次朗が建てたものです」と語っておられました。 奈良県本部 田辺実 2010年5月15日 不屈 №431
時の焦点 NPT再検討会議 いまたけなわの「核不拡散条約(NPT)再検討会議」。1970年から25年期限ではじめられたNPT。当初からも1995年無期限延長をアメリカが強行した際も、当時の核保有5カ国の独占優位の差別的条約であり、核兵器廃絶に直結するものではないとして、国際世論は否定的でした。 すべてにわたってアメリカいいなりの日本政府も、調印はしたものの6年間も批准を回避しつづけました。もっとも日本政府の真意は、被爆国として核兵器廃絶を主張する立場ではなく、将来の核兵器開発・保有の道を閉ざすものとしての好核的な、日本核武装の魂胆からでした。しかし核兵器廃絶をめざして、あらゆる機会を活用しようとした国際世論と非同盟諸国や、同盟国も含むアジェンダ連合の、毎年の国連総会や5年ごとのこのNPT再検討会議の場での粘りづよい努力により、核不拡散にとどまらず核廃絶を指向する國際討議の場に、NPT再検討会議を昇華させたのです。 今日核問題を専門的に協議する公的な国際会議がNPT再検討会議以外ない現実的条件の中で、国際世論は、核保有国への核軍縮への明確な努力を求めたのです。 この道理ある国際世論は一度は実を結んで2000年の本会議では核保有国の核軍縮への明確な努力の実行の決議がアメリカをふくめ採択されました。しかしこの世界の貴重な歴史的到達点も、ブッシュ政権の核兵器先制使用政策と國際テロとの戦争政策により、2005年の本会議で、反古(ほご)にされてしまったのです。 あれから5年目。核兵器のない世界を唱えたオバマ政権にとって試金石のNPT会議。65億人類の死活的課題として、「核兵器廃絶国際条約の締結」と「2万数千発の核兵器を廃絶する政治的、工学的日程」を専門的に論議する国際機関や國際会議設定の採択が期待されます。(元) 2010年5月15日 不屈 №431
抵抗の群像 戦前の検事が戦後も取り調べ たたかう河崎治さん 河崎治(はる)さんは1913年、父が横浜正金銀行の最初の勤務地の長崎で生まれました。その後転勤で大連に渡り、さらに転勤して黄河の済南市の日本人小学校、山東半島の青島市の女学校へ、そして東京の津田英学塾に入りました。そこで仲の良い友人から、大学生たちが勉強会をしているからと誘われ、2、3回参加しました。ところが治さんが思っていた文学に関する勉強会ではなくて、世の中の仕組みや、なぜお金持ちや貧乏人がいるのだろうかというような勉強会でした。 3月の春休み、突然、麹町署に連れていかれ、勉強会の大学生たちの名前など聞かれたのです。治さんは何も知りませんでしたから知らない、知らないと言っていました。すると手の指の間に鉛筆を挟んで絞めつけたり、椅子に座らせて男ども2、3人が靴のかかとで蹴り、治さんは膝が腫れあがってしまいました。 それでも10日くらいで帰されました。新学期が始まる頃、治さんはだんだん勉強会に魅かれるようになり、「経済学講座」とか「空想から科学へ」などを勉強して、だんだん世の中の仕組みがわかってきました。3年目の春、新学期が始まりましたが学校へは行かず、津田で国語や作文を教えていた河崎ナツ先生のお宅に泊めてもらい、工場前のビラまきや署名、同志間の連絡などの活動をしました。メーデーの時など、目の前で何人もの人が検束されていきました。そのうち、治さんは共産青年同盟関係の女性と連絡中にまた逮捕され、警察では早速「メガネを取れ」と言って殴られ、またいつもの足蹴りでした。亀戸署など何度かたらい回しされました。その頃、神戸の実家に退学届が届いたため、とうとう治さんは実家に連れ戻されました。 当時は職業婦人は蔑視されたものでしたが、なんとか手に職をつけて経済的自立をしようと、洋裁店に2ヵ月ほど通いました。ところがまた逮捕です。その時は髪の毛をつかんで床上に引き回すやら、また例の足蹴りでした。「その時ほど悔しい思いをしたことはなかった」と治さんは語っています。 その後、河崎寛康さん(後に同盟県本部会長)と結婚し、夫が勤務していた長岡の津上製作所の社宅に住んでいました。 1943年9月1日午前4時、5、6人の男たちが逮捕状をつきつけて夫を連れ去り、『大地』とか『風と共に去りぬ』など本箱から持って行きました。英語版『共産党宣言』や津田の時の英語版副読本などは置いてゆきました。 2ヵ月ほどは夫がどこへ連れて行かれたか全くわかりませんでしたが、夫の同房の男性がメモを届けてくれ、柏崎署にいることがわかりました。翌年8月になって初めて新潟の刑務所で夫と面会が出来ましたが、痩せこけた丸坊主の父を見た次女は、何もわからず泣いていました。終戦の年の公判で執行猶予なしの懲役4年で下獄の日を待つ身となりました。 終戦後、夫は日本共産党の長岡地区責任者として飛びまわっていました。 1950年、朝鮮戦争、レッド・パージ、「アカハタ」紙発禁というなかで、後継紙といわれた「平和の声」に警察の手入れが入り、自宅にいた共産党員2人と共に治さんも逮捕勾留されました。その時の取調べの検事が、なんと戦前に治さんを取調べた鬼検事と言われた小島という男だったのです。 治安維持法は立派に生きていたのです。治さんは洋裁の内職をしていましたが、その下請けの女性たちが、「このままでは生活できない」と交渉し、釈放させました。 (同盟新潟県本部発行『三人の女性の話』より要約 編集部) 2010年5月15日 不屈 №431
同盟歌壇 碓田のぼる選 鳥取県大久保禮吉 垂れ幕の「完全無罪」に包まるる苦節を超えし菅家さんの笑み 〈評〉無実の罪が、ついに明らかにされた喜びがよく表現。 大分県渡辺幹生 餓えに泣きし吾が青春を文に書き高校生の孫に送りぬ 〈評〉戦争体験の風化はさせずと、まず血につながる孫に。 静岡県江川佐一 国会の請願五月に迫りたり鰻屋に入りて三筆いただく 〈評〉同盟の国会請願の成功のためにとりくむ日常の表現。 新潟県加茂川ハル子 乗る度に席ゆずりくるる若きらいて東京の電車好きになりたり 〈評〉頼れる次代の若者おり、と言った喜びであろう。 新潟県柳川月 甲子園球場よりの喚声がきこえくる町に昔住みたり 〈評〉回想の中の若々しい声に、自らも励ましているか。 福井県元山章一郎 スーツ着け就活中の若者に桜散りても春いまだ来ず 〈評〉されど君らには未来がある、との思いも強く含む。 岐阜県和田昌三 「叩かれて頭へこんだ」と強制連行されし楊さんこの春逝きし 〈評〉いつも頭に手をやったそんな仕草を読者も思う。 和歌山県中平喜祥 札幌のグループホームの事故かなしまた新聞を引き出してみる 〈評〉高齢者のゆきついた先の事故にまた起こる怒りも。 兵庫県岸本守 「あなたもか、兄さん戦死か」と確かむるそれより親しき仲間となりぬ 〈評〉作者にも共通する体験があったのであろう。 2010年5月15日 不屈 №431
各地で女性部活動生きいきと ◆高知県女性部総会開く 4月17日午後、高知城ホールで2年目の女性部総会が開かれ、東部安芸支部、山田香北支部、香南南国支部、高知市北支部、南支部から代表者や全国女性交流集会参加者など20 名が参加。 90歳を越えた石川愛子女性部長の稟とした挨拶が参加者を励まし、また全国女性交流集会に参加した胡麻崎、門脇、中田、澤本さんがすべての運動の基本に同盟運動をおく地域活動をすすめていることが報告されました。夫の遺志をついで署名用紙を1枚1枚休みなく届ける浜田さんの活動や、若い掛橋さんの参加が会議を楽しくさせてくれました。総会では、レッド・パージ犠牲者との連帯、県理事会報告の徹底などの意見が出され、女性部役員を選出しました。 ◆兵庫県女性部「春のつどい」 兵庫県女性部は、力を大きくして、ふたたび戦争と暗黒政治を許さない、憲法の守られる政治を実現するために頑張りどきと全県女性会員に呼びかけて4月18日、神戸市で「春のつどい」を開き17名が参加しました。 佐野陽三県同盟会長の激励をうけ、安武ひろ子(元参院議員)さんが、「女性と平和―心よせあえば道はひらける」と題して記念講演。1945年の神戸大空襲での焼野原と恐怖がその後の反戦と生きる原点となり、日本共産党に入党し、反戦平和を訴えてきたこと、国会では安保問題などで活躍した経験をのべ、昨年、その証言として歌集『いのち愛し』を発行したこと、治安維持法で小林多喜二が虐殺され、アカ攻撃の中で戦争協力を強制されていったことなどが話されました。私たち女性会員は安武さんの講演に感動し、同盟運動の一層の前進と参院選勝利のために力を寄せ合う決意を固めあいました。 2010年5月15日 不屈 №431
抗日運動の先駆けとなった東学農民運動の地 世界遺産・新羅の古都などを訪ねる 10月12日~17日 韓国平和連帯の旅要項決まる 同盟主催の2010年韓国平和連帯の旅が10月12日(火)~17日(日)まで、左記の日程で行われます。今年は日韓併合100年の節目の年。今回は全羅北道の全州を訪問し、日清戦争に勝利した日本が朝鮮の植民地化を進める中で、それに抵抗する抗日運動の先駆けとなった東学農民運動の歴史に触れます。 また、慶尚南道の晋州では、日本占領下の朝鮮で小学校の教師を務め、朝鮮人とともに生きた、治安維持法犠牲者でもある上甲米太郎ゆかりの地を訪問。後半には世界遺産でもある新羅の古都慶州を訪問します。 ◇参加費予価16万円、 ◇締切 8月31日、申込みは富士国際旅行社 03―3357―3377(小野寺、西須) 2010年5月15日 不屈 №431
『治安維持法と現代』 2010年春季号 【主な内容】日韓「併合」100年と治安維持法=林洋武、未完の植民地支配と分断の時代に生きる在日朝鮮人=鄭栄桓、横浜事件第4次再審・刑事補償決定について=大川隆司、横浜事件刑事補償決定と同盟活動と課題=増本一彦、改定安保50年ー今こそ安保廃棄の世論を多数派に=早坂義郎、国連女性差別撤廃委勧告について=堀江ゆり、葛飾ビラ事件最高裁不当判決と今後の闘い=松井繁明、三重県労働運動の先覚者野口平民=山下正行、反戦平和の旗を掲げ折原村に生きた北条英=大森弘志など、学習材料が満載。A5版、定価1000円、送料210円、和歌山県本部でお求めを。 治安維持法と現代を結ぶ総合誌 企画・編集治安維持法犠牲者国家賠償要求同盟 2010年5月15日 不屈 №431
ビラ配布 逆転無罪 勤務外活動 処罰は違憲 公務員の政治活動禁止「広すぎる」 堀越事件で東京高裁 2003年11月、休日に自宅近くで「しんぶん赤旗」号外などのビラを配り、国家公務員法違反(政治的行為の制限)に問われ、一審で罰金10万円、執行猶予2年とされた元社会保険庁職員、堀越明男さん(56)の控訴審判決が29日、東京高裁でありました。中山隆夫裁判長は「このような被告の行為を刑事罰に処することは、表現の自由を保障した憲法に違反する」として逆転無罪を言い渡しました。東京高裁に詰めかけた多数の市民や支援者からは、「憲法は守られた」と喜びの声があがりました。(写真) 無罪判決をうけて支援者らにお礼と決意を述べる堀越明男さん(中央) =29日、東京高裁前 一審の東京地裁は、国家公務員法による公務員の政治的活動の禁止を合憲とした1974年の猿払(さるふつ)事件の最高裁判例を踏襲しました。中山裁判長は国公法の政治活動の制限そのものは「合憲」としながらも、今日では国民の意識は変化し、表現の自由が特に重要だという認識が深まっていると指摘。勤務時間外まで全面的に政治活動を禁止するのは、規制が不必要に広すぎるとの疑問があるとしました。 そのうえで、堀越さんが行った行為は、私人として休日に職務と無関係に、公務員であることを明かさずに行ったにすぎないとして、「国の行政の中立的運営と、それに対する国民の信頼確保を侵害するとは常識的に考えられない」と認定。「被告を処罰することは、国家公務員の政治活動の自由にやむを得ない限度を超えた制約を加えたもので、憲法21条などに違反する」と結論づけました。 さらに、「わが国の国家公務員への政治的行為の禁止は、諸外国と比べて広範なもの。世界標準という視点からも、刑事罰の対象とすることの当否、その範囲を含めて再検討されるべき時代が到来している」と異例の付言をしました。 一方、堀越事件は、そもそも尾行、ビデオ撮影など公安警察による違法な捜査により、日本共産党の活動を弾圧する目的ででっちあげられたものでした。高裁判決はこれらについては言及しませんでした。 判決後、堀越さんは「表現の自由は守られました。日本の歴史が変わったと感じる判決でした」と喜びを語りました。 ------------------------------------------------- 判決の骨子 一、国家公務員法や人事院規則による公務員の政治活動禁止は憲法に違反しない。 一、被告の行為は行政の中立的運営、行政に対する国民の信頼確保を侵害しない。 一、本件の処罰は国家公務員の政治的活動の自由に限度を超えた制約を加え、表現の自由を保障する憲法21条に違反。 2010年3月30日(火) 「しんぶん赤旗」 More > asahi.com
映画会「鶴彬-こころの軌跡-」 とき:2010年4月16日(金) 上映:午後2時/午後4時30分/午後6時30分 場所:和歌山県民文化会館 和歌山県和歌山市小松原通1丁目1 問合せ先:治安維持法国賠同盟和歌山県本部 073-422-7076 鶴彬(つるあきら)「暁を抱いて闇にゐる蕾」「手と足をもいだ丸太にしてかへし」など数多くの鋭い反戦川柳を詠んだ鶴彬(つるあきら)は、石川県高松に生まれ、本名は喜多一二(きたかつじ)といいます。 「暴風と海の恋を見ましたか」というロマンチックな句をつくっていた少年が、社会運動の高まりのなかで成長し、19歳でナップ(全日本無産者芸術連盟)高松支部を結成。反戦句をつくって戦争反対を貫くとともに、21歳で金沢歩兵第七連隊に入営すると、日本共産青年同盟の機関紙『無産青年』をもちこむなど反戦活動をし、治安維持法違反で懲役2年の刑に。 日本が中国に全面的な侵略戦争を始めた37年には「万歳とあげて行った手を大陸へおいて来た」「高梁の実りへ戦車と靴の鋲」「屍のゐないニュース映画で勇ましい」などの作品を発表します。その直後にふたたび治安維持法違反で、東京の野方署に留置され、翌年、赤痢に感染、勾留を解かれないまま病院で亡くなります。特高に虐殺された小林多喜二と同じ年の享年29歳でした。出身地の高松町には「枯れ芝よ!団結をして春を待つ」の句碑が建っており、『鶴彬を顕彰する会』もつくられています。 『鶴彬全集』を復刻した澤地久枝さんはインタビューにこう語っています。「一番最後の句が『胎内の動き知るころ骨がつき』というのもすごいことです。身ごもった赤ちゃんの胎動がわかって生まれてくる日を予告していたというのに、父親は戦死してその遺骨が届く。子は父を失い母は夫を失う。戦争をみごとに突いた句です。日中戦争が激しくなった1938年9月14日に息を引き取った青年は、最後まで反戦の筋を通して死んでいきました。ずいぶん痛ましい、しかしみごとな人生だと思います。」 警察病院で燃え尽きた鶴彬の遺骨は、ふる里高松へ帰ることなく、兄孝雄さんの手により、岩手県盛岡市の光照寺で手厚く葬られました。 ※ 「鶴彬-こころの軌跡-」 - 公式サイト ※ 予告編
シベリア特措法成立を 抑留者補償協議会 「今国会でこそ」 旧ソ連のシベリアやモンゴルに戦後抑留され、強制労働させられた元抑留者でつくる全国抑留者補償協議会などは25日、参院議員会館で集会を開きました。抑留問題解決のための「戦後強制抑留者特別措置法案」を世論の後押しとともに今国会で成立させようと決意を新たにしました。 法案は元抑留者に「特別給付金」を支払うことを柱にしたもので、昨年の臨時国会で与野党が合意。しかし、政局が混乱したあおりを受けて、先送りされました。 参加者から、今国会は「政治とカネ」の問題で、混乱が避けられないとの指摘がありました。これには「30年間運動をしてきて、ようやく着地点が見えてきた。一人でも多くの人に給付金を受け取ってもらえるよう、一刻も早く成立させよう」と話し合いました。 兄をシベリアで亡くした遺族の男性は「抑留者は毎日亡くなっている。正義の声が国会に届けばと願って参加した」と初参加の思いを語りました。 93歳の元抑留者は「われわれは天皇の命令で戦争に行ったのに、日本政府は補償してくれないのか。われわれが死んでしまえば、おしまいか」と怒りの声をあげました。 2010年1月26日(火)「しんぶん赤旗」
![]() 和歌山県本部会長 西村 純一 昨年の総選挙で自公政権が政権の座から退場し、新しい政権が誕生しました。わが国の政治はこれによって大激動の時代を迎えています。多くの国民が希う方向に進むかどうかは混沌として、旧来の政権とどこが違うのか、いまだに明確になっていません。 平和とくらし、民主主義を前にむけかって前進させるのは、ひとえに有権者・国民の動向にかかっています。今夏に予定されている参議院議員選挙で再度の審判がきわめて重要となります。 現憲法を指針として生かし、明るい未来を切り開くためにも、わが国の民主的諸勢力の力量が試される時代に入っています。わが国賠同盟もその一翼を担って、その運動と組織を一層強化する必要があります。 とりわけ、年明けから心を新たに、国賠署名で目標達成に向けたスタート・ダッシュをはからなければなりません。 それには、同盟会員の拡大で各支部の活力を強め、草の根からの一層の態勢強化が不可欠になっています。 県本部役員一同、支部の皆さんとともに、知恵と力を合わせて奮闘する所存であります。 ともに頑張りましょう。 (きりえ 中西千恵子さん) 不屈和歌山県版 No.221 2010.1.15
─────── 2009年度「不屈」バスツアー─────── 細井和喜蔵・倉岡愛穂と 「舞鶴軍港」を訪ねる旅 女工哀史で有名な細井和喜藏、特高に虐殺された教師・倉岡愛穂の故郷と、東京湾口で漁船を沈没させたイージス艦「あたご」や、この6月にソマリア沖に派遣された護衛艦「あまぎり」の母港・舞鶴を訪ね、夕日ヶ浦温泉と名勝・天橋立で心と体をリフレッシュ! ◇とき:10月27日(火)~28日(水) ◇宿泊:夕日ヶ浦温泉一望館(TEL:0772-74-0190) ◇参加費用:25,000円(1日目の昼食代、施設入場料を含みます。 遊覧船乗船券代<1300円>と2日目の昼食代は各自負担でお願いします) ◇集合場所:和歌山市駅雄橋8:50、JR和歌山駅東口9:00 ◇募集人数:40人(バス1台、9月末締切り、但し定員になり次第締切ります) ◇申し込み:各支部事務局長または県本部(TEL/FAX:073-422-7076) ◇キャンセル:10月10日以降のキャンセルの方は3000円を頂きます。 (できるだけ代わりの方の参加をお願いします) More 見どころ 旅程など詳細はこちら
2009 平和のための 戦争展わかやま とき 8月7日(金)~9日(日) 午前10時から午後5時(最終日午後4時) ところ 和歌山市民会館市民ホール・展示室 ![]() ![]() ![]() ![]()
創立40周年記念出版(発売中) 「抵抗の群像」第二集 (定価1500円) 「人間に対する深い愛」と「真理を求める心」をよりどころに、不屈に闘い抜いた草の根の人々です。 その事実を丹念に掘り起こしたすばらしい記録集です。 ![]() 注文は こちらから ↓ 中 央 本 部 chian@plum.plala.or.jp 和歌山県本部 doumeiwakayama@yahoo.co.jp
創立40周年記念出版(発売中) 「抵抗の群像」第一集 (定価1500円) この本は20代という若さで平和と人間の尊厳をかけてたたかってきた青年の群像の記録である。 ![]() 注文は こちらから ↓ 中 央 本 部 chian@plum.plala.or.jp 和歌山県本部 doumeiwakayama@yahoo.co.jp
もがく貧困世代の「蟹工船」ブーム 「これって、今とまるで同じ……」。作家の雨宮処凛(かりん)さん(33)は昨年12月17日夜、プロレタリア文学作家、小林多喜二(1903~33年)の代表作「蟹工船(かにこうせん)」を初めて読み、涙を落とした。内容が、ワーキングプアの現状や自身が関係するフリーター労働運動と二重写しに見えたからだ。半年後、雨宮さんの涙は奔流となった。新潮文庫の「蟹工船・党生活者」は今年、例年の47倍を超す23万7000部を増刷し、オリコンの文庫ランキング(5月19~25日)で11位と大健闘している。この動き、雨宮さんとほぼ同い年の私には、旧来の左翼の思想や運動を知らない世代が、時代の羅針盤を求めてもがく現状の反映に思える。 新潮社によると、「蟹工船」の新しい読者層は19~29歳が30%、30~49歳が45%。推計で5割強が30代以下だ。中でも、20代半ばから30代半ばは、平成不況のただ中で社会に出た世代である。派遣労働者などのワーキングプアが多い。いわゆる「ネット右翼」も、この世代が中心とされる。「蟹工船」は1929年に書かれた作品だ。カムチャツカ沖でカニを捕り缶詰に加工する船の労働者が、過酷な労働条件に怒り、立ち上がる話である。雨宮さんは「蟹工船」を読んだ翌日、作家の高橋源一郎さん(57)と対談した。雨宮さんが語った感想に高橋さんも共感。この対談を今年1月9日、毎日新聞朝刊文化面(東京本社版)に掲載したのがきっかけになり、ブームが始まった。 雨宮さんは「今、『蟹工船』のように露骨な奴隷労働はないが、同じように逃げられない状況なら確かにある」と話す。雨宮さんによれば、派遣労働の現場では寮の備品にいちいちレンタル料を取られ、まともに給料が残らない例もある。寮の合鍵を使って、労働者が逃げないか部屋をチェックする会社もある。過酷な労働を「蟹工」と表現する若者もいるという。 フリーライターの赤木智弘さん(32)は「『蟹工船』の世界は、結婚している労働者がいるなど、今のフリーターより恵まれて見える面もある」とさえ言う。 それにしても、なぜ80年も前の小説が読まれるのか。批評家の大澤信亮(のぶあき)さん(32)は「貧困の現実に迫る言葉を持つ小説が『蟹工船』しかなかったから」と解説する。大澤さんによれば、戦後、労働や貧困を主題とした文学作品はほとんどなく、評論でも貧困は現実の「外の問題」としてしか扱われなかった。「貧困をとらえる言葉がなかったからこそ、若者の貧困問題は数年前まで『自己責任』のひと言で片づけられてきたのでは」(大澤さん) 興味深いのは、左翼文学の古典を読んでいるのが、小泉純一郎元首相の靖国参拝に熱狂したのと同じ世代でもあることだ。04年に東京で始まったフリーターらのメーデーに、かつて右翼団体にいた雨宮さんも加わり、今年は全国14都市へ広がった。年長者の中には、この世代が右から左へ極端に流れたと危惧(きぐ)する人もいるようだ。だが、この見方には、同じ世代の人間として違和感がある。 赤木さんは「私たちは、共感できるなら右翼でも左翼でもいいと思っている」と話す。そもそもこの世代は直接の左翼体験が、まずない。大半は浅間山荘事件(72年)の後に生まれ、自民党と社会党の「55年体制」の記憶すら怪しい人もいる。マルクスなどの思想もほとんど知らない。 一回り年上の苅部直(かるべ・ただし)・東京大教授(43)も「彼らは、上の世代が自分たちの抑圧感を理解せずに、きれい事を並べることへの反感をイデオロギーに結びつけてきた。その意味で、前に小林よしのり氏の漫画『戦争論』がはやったことと『蟹工船』のブームは近い」と見る。ただ、今の「左傾化」は「実際の悲惨な生活がある点が、歴史教科書問題の時と違う」と評価する。 では、「蟹工船」ブームが象徴する動きは、どこへ行き着くのか。苅部教授は「雨宮さんらの論者は、世代意識が強すぎたり、左翼的表現を嫌う人が多い上の世代の心情を知らない面があるように見える」と危うさも指摘する。そのうえで、「ホームレスや障害者など他の問題との接点も考えているようだ。雇用問題で、より普遍的な提言ができれば、他の世代にも味方が広がるだろう。彼らには問題提起をする力があると思う」と応援する。 苅部教授に同感だ。私も引き続き雨宮さんらの議論に注目し、紹介していきたい。貧困や雇用を社会全体で考えることは、どの世代にも有益なはずだ。一部が「団塊ジュニア」と重なり人数も多いこの世代の動向は、今後の日本の行方に大きく影響するだろうから。 記者の目:=鈴木英生(学芸部) 毎日新聞 2008年6月3日 0時03分 More ブーム、なぜ
9条に世界からエール 初の世界会議に2万人 戦争の放棄をうたう憲法9条に、世界で平和運動に取り組む人たちがエールを送っている。千葉市の幕張メッセで6日まで開かれた初の「9条世界会議」は約2万2千人が訪れた。なぜ9条なのか。海外から来たゲストは「支持するのは、あなたたちだけじゃない」と日本の参加者を勇気づけた。アメリカ、オランダ、イラク、コスタリカ……。会議には、世界各地の人々が参加した=6日、千葉市・幕張メッセ ![]() 初日、会場に入りきれなかった参加者たちは屋外でギターにあわせて歌った=4日、千葉市の幕張メッセ 会議初日の4日。予想以上の人出で会場に入れなかった人々のもとに、基調講演を終えたアメリカの平和運動家が駆けつけた。 「9条を広めるために私は来た。日本はひとりぼっちではない。世界から支持されているのです」 99年にハーグ平和市民会議を開いたコーラ・ワイスさん。21世紀の世界のあり方を模索した同会議には、100カ国以上のNGOが参加し、「9条を見習うべきだ」と宣言した。そのワイスさんの励ましに何度も拍手がわいた。 9条世界会議は、「世界がもし100人の村だったら」の著者池田香代子さんらが中心となり、井上ひさしさん、ピーコさんら約90人が呼びかけ人に名を連ねた。 国際貢献のためには日本も血を流す必要がある――そんな改憲派の主張は本当なのか。「それを確かめたかった」と、実行委員でピースボート共同代表の吉岡達也さんは趣旨を語る。海外のゲストは31の国と地域からノーベル平和賞受賞者や大学教授ら150人余りがやってきた。 答えの一つはイラクから寄せられた。 イラクで人道支援をしているカーシム・トゥルキさんは「戦争のない世界をつくる」と題された全体会で体験を語った。03年の開戦時、共和国防衛隊として米軍と戦った。兄もいとこも友人も失った。「軍は国民を守ると教えられたが、そうではなかった。非暴力こそ人々を守る最善の方法だ」 そのイラクに派遣された元米兵のエイダン・デルガドさん。アブグレイブ刑務所での虐待を見て、兵役を拒否した。「9条は国際的な問題だ。同じ道を歩いていこうと決意した」 中国・韓国・台湾などからは、9条は戦後日本の対外公約だ、というメッセージが異口同音に語られた。 現実として世界有数の「軍事力」を持っている日本。台湾で憲法に平和条項を入れる運動をしているピースタイム財団理事の徐斯倹さんは「もし日本が9条を放棄すれば、周辺に悪いシグナルを送ることになる」と語った。「アジアのなかの9条」という分科会で韓国の聖公会大教授・権赫泰さんはこう発言した。 「9条は日本だけのものではないのです」。(谷津憲郎) asahi.com>社会>その他・話題> 2008年05月09日03時01分
「靖国」広島 京都でも上映へ 東京と大阪の映画館で相次いで上映中止になった、靖国神社をテーマにしたドキュメンタリー映画「靖国YASUKUNI」は、大阪の1つの映画館に続いて、広島と京都でも上映されることになりました。 NHK 2008年4月4日 7時24分 More >>> 詳しく
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